南アフリカランド、堅調推移も来月以降インフレ懸念が再燃
【サマリー】
〇ヨハネスブルグの電力供給制限は今後もしばらく継続されることになりそうです
〇産業の基礎である電力供給が不安定であるうちは、南アフリカ経済の下押し圧力は解消されません
〇4月インフレ率の上昇は一服しましたが、ディーゼル燃料とガソリン価格の推移から来月以降、再び上昇の兆しが見え
ます
〇経済停滞のリスクはあるものの、引き続き南アフリカ中央銀行は利上げを行うものと想定されます
ヨハネスブルクの現在
南アフリカ最大の都市であり、アフリカ大陸トップの証券取引所が存在する一大金融センターでもあるヨハネスブルグが、連日の計画停電により電力危機に瀕しています。市のインフラ担当委員であるマイケル・サン氏は、「ヨハネスブルグは今、南アフリカで最も困難な状況にある都市である」と語っています。同市議会の最大勢力である連立与党は、国営電力会社Eskomのパワーグリッドからの離脱を望んでおり、緊急避難的に独立した発電リソースを導入する計画を立てているとの報道もなされています。
配電企業City Power社(Eskomから供給される電力を、主に個人宅向けに配電するグリッド・マネジメント企業)のホームページによると、4月以降にヨハネスブルグで発生した停電は192件でした。ただ、これもあくまでCity Power社に報告された件数であるだけで、WhatsAppの地元コミュニティでの話題を丹念に調べると、最低でもその倍程度の停電が発生していることが分かりました。
以前からCity Power社の送電インフラは老朽化に悩まされており、サンデータイムズ紙の記事によれば、同市にある251の変圧器のうち、最低でも29台が耐用年数を超え、早急な交換が必要な状況であるとのことです。通常、古い変圧器や送電インフラは頻繁な電力供給のオン・オフでさらに寿命を縮めるものであり、今次のEskomによる計画停電は同市の状況をより複雑なものにしています。
不安定な電力供給は市民生活を完全に圧迫しており、医療や公衆衛生といった必要不可欠な公共サービスすらも質的低下を招いています。Rahima Moosa Woman and Child Hospitalに勤務する小児科医Tim de Maayer博士によれば、現在、夜間の診察には自身の携帯電話を照明として使用せざるをえなくなっているとのことです。当然、病院であれば二重三重の非常措置が施されているものの、今回の電力供給危機はそれすらも無効にしてしまったようです。
City Power社の設備更新と修繕には最低でも260億ランドの予算が必要であると試算されていますが、現在の同社の資本状況ではそれを自力で行うのは不可能です。ヨハネスブルグ市はすでにプランB、いわゆるバイオマスや風力、そして太陽光発電の拡大を検討していますが、当然のことながら実用化までには相当な年数が掛かるでしょう。電力危機を短期間で解決できる処方は今のところ存在していないのです。
南アフリカのインフレ懸念が再燃
4月の南アフリカCPIは、前回3月の5.93%から若干緩和され、5.89%となりました。昨年12月からの変化をみると5.70%‐5.93%でほぼ横ばいの推移を辿っていることから、一見すると南アフリカの物価上昇傾向も落ち着きを取り戻したかのようにみえます(グラフ1)。ですが筆者の見たところ、実際には複数の致命的リスクが存在しているようです。
まず、南アフリカ国内の燃料価格上昇ペースは一段と急峻なものとなっており、大多数の国民にとって到底無視できるものではなくなっています(グラフ2)。南アフリカにおいては、穀類も、生産設備も、工業用原料も、すべて陸路ではディーゼル燃料を湯水の如く消費する大型トレーラーで運搬されています。冬場の暖房には安価なケロシンを、照明にはパラフィンを使用する家庭が多く存在します。南アフリカの一般国民の生活には、輸入資源が直接結びついているのです。
WTI先物が103.00‐110.00USDのレンジで取引されている足元の状況では、南アフリカの産業構造やエネルギー消費構造はマイナス要因でしかありません。特に、南アフリカの穀物生産コストの10‐13%は輸送用の燃料費が占めているため、食料品価格の上昇は免れ得ないでしょう。
南アフリカ経済は1バレル=120ドル程度の原油価格上昇には耐えることができますが、130ドルに達した段階で物価にアラートが点り、それ以上となるとスタグフレーション・シナリオが発現します。
筆者の予測では、5月CPIは6.0%‐6.2%程度まで上昇すると想定しています。鉱物・資源エネルギー相のGwede Mantashe氏は、6月に燃料負担軽減のための新たな措置を検討していると発表しましたが、その具体的な内容はまだ不明です。4月、5月の2ヵ月間、政府は一般燃料税を1リットル当たり1.50ランド引き下げていたものの、5月末でこの減免措置は終了します。もし6月以降、一切の特別補填措置がとられなかった場合、1リットル当たり最大で3.70ランド多く支払う(対5月燃料価格)ことになり、物価上昇はますます免れ得ないこととなるでしょう。
次に、気候変動による大規模被害が頻発するだろうという懸念が横たわっています。
4月にクワズールナタール州で発生した洪水は、400人以上の死者と70億ランド相当のインフラを破壊しましたが、そのわずか6週間後の22日には再び266ミリという壊滅的な集中豪雨が発生しています。今回の豪雨は毎年南アフリカを襲うサイクロンとは無関係のようで、今後も季節的な要因とは関係なく発生する可能性があると報告されています。
クワズールナタール州では、現在も道路や橋、水道や電力供給というインフラが寸断されたままであり、40,000世帯以上の住民が避難生活を余儀なくされていますが、避難生活の長期化は新型コロナウイルスの感染拡大もたらす可能性があるでしょう。
豪雨による死者やインフラの破壊は悲劇であり、いずれ克服せねばならないリスクではありますが、真に懸念すべきは大規模自然災害がもたらす社会不安です。
燃料価格高騰や景気後退懸念に加え、停電の頻発による夜間の治安に対する懸念は、それだけで国民のフラストレーションを高めます。洪水により失業した国民は30,000人以上に上ると推定されており、一刻も早く政府が何等かの財政出動を実施すべきです。今のままでは昨夏の炎と略奪の7日間(前大統領ズマ氏の収監をめぐって発生した大規模な暴動・略奪行為)を繰り返しかねません。
ZAR/JPY短期見通し
19日、南アフリカ中央銀行は政策金利を50bp引き上げて4.75%としました。今回の決定は全会一致ではなく、5人の評議会メンバーのうち1名だけがより小さなレートアップ(25bp)を支持しています。低成長に陥っている南アフリカ経済が急激なレート上昇でハードランディングを起こすことを懸念したためですが、金利発表後の声明では少なくとも短期的にはインフレとの戦いを断固として進めるという南ア中銀の強い姿勢が感じられました。
現時点での南ア中銀のアプローチはZARへの信頼を醸成しているものの、中期的視点に立ってみれば弱気のセンチメントが支配的であると考えます。電力供給やインフレ高進懸念など、依然として無視できないリスクが南アランド市場には存在します。
短期的な見通しとしては、先週安値7.86レベル(青線)をサポートに、先週高値8.19レベル(赤線)をレジスタンスとしたレンジの週とします。
チャート:TradingView
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外貨ex byGMO 市場リスクアナリスト。銀行のPB系部署で経験を積んだ後、自ら思い描いたプライベートバンキングサービス、アセットマネジメントサービスを提供するため独立。すぐに軌道に乗るも世界金融危機ですべてを失い、リスクマネジメントの大切さを思い知らされる。その後は金融リスクと数理的な技術を学ぶため、複数の金融機関を渡り歩き今に至る。