トルコの経常収支が悪化
【サマリー】
〇トルコの3月経常収支が55億5,400万ドルの赤字となりました
〇トルコリラ安にも関わらず、経常収支が黒字転換しないのは、世界的なインフレ高進が原因と考えられます
〇国内の政権批判もやりにくくなっており、経済政策の転換も望めません
〇26日の政策金利発表も据え置きを予測しています
経常収支の悪化が続いている
経常収支が改善されません。2022年3月の経常収支は55億5,400万ドルのマイナスで、昨年11月より5ヵ月連続で赤字が続いています(グラフ1)。ただ、これまでの推移をみれば過去4四半期のGDP総額に対する割合としては2.2%で、2011年の第1、第2四半期はそれぞれ2.6%、2.7%にまで高まっており、「その意味では」記録的な数字とは言えません。とは言いながら、2011年当時と今期とではトルコ経済を取り巻く政策的シチュエーションが全く異なっているのです。
第一に、トルコ政府は現在、経済収支の黒字化を目指した経済政策プログラムを強力に推進しています。昨年末頃、トルコ政府は「強い競争力を持つ為替レート」、「輸出主導の経済成長」、「経常収支の黒字化」というメッセージを声高に喧伝していました。それは2011年当時には言われていなかったことです。
ですが、結局はその意図するところと全く逆の結果をもたらすこととなったのです。
政府は全力で為替レートを低位で維持しつつ、海外への完成品の輸出を強力に推し進めたにも関わらず、経常収支が悪化しました。すなわち、トルコ政府が言う「経済独立戦争」は今のところ戦況悪化どころか「湊川」的状況になりつつあるのです。
インフレ率が目標の4倍を超えて推移し、今後も上昇しつつあるような状況で、中央銀行がいきなり政策金利を引き下げたならどうなるのか…。筆者は賢くもないし、際立った能力もない愚鈍な人間ですが、沸騰した湯にいきなり手を突っ込めばどうなるかぐらいは想像できます。明らかに、政策金利引き上げ直前のトルコ為替市場は沸騰寸前でしたし、トルコ中央銀行が無造作に金利を引き下げたことで国民が大やけどを負ったことは厳然とした事実なのです。
Source:トルコ中央銀行
トルコ中銀は2021年8月から、わずか4ヵ月という短期間で政策金利を5.00%も引き下げました。それはなぜか?
答えは単純で、金利を引き下げ、為替レートを下落させればトルコ製品の価格競争力が高まる代わりに海外製品が割高になって輸入が減少します。そうすれば自ずと経常収支は黒字に転換して為替レートも落ち着きを取り戻すことになります。為替のボラティリティが低下すれば、最終的にはインフレ率も下がり、皆が期待したハッピーエンドを迎えることができるでしょう。金利を下げて経済構造を変化させるということは、第三者的な視点からすれば比較的単純なことのように思えるのは私だけでしょうか。
ですが、トルコの政策当事者には決定的な視点が欠けていたようです。その視点とは、金融政策を立案し、実行するときに絶対に前提としなければならないリスク想定です。
そのリスクとは、第一には「新型コロナウイルスの長引く影響」があり、第二はほどなくして始まった「ロシアによるウクライナ侵攻」です。結果、エネルギー価格が真っ先に打撃を受け、次に食料品価格が、そしてその後に商品価格全般に影響が波及することとなりました。中央銀行のグロスの外貨準備金は減少し続け、ネットでは既にマイナス、リスクプレミアムも700を超えています。
これまでの政府の対策も、パッケージとして一貫したメッセージを持って発表されるのではなく、場当たり的・散発的に打ち出されてきました。低利の住宅ローン政策も損失補償付きリラ建て預金制度も、発表の都度、投機的な為替需要を生み出しただけで抜本的な解決には至っていません。
要するに、トルコは「持続不可能な」環境を持続させようという空虚な努力をしているのです。伝統的な経済理論は現在の状況が持続可能かどうかを判断するのには役立ちますが、それがいつ、どのようにして終わるのかについてはほとんど答えを提示できていません。
状況は改善するだろうか…?
トルコのテレビ局「Show TV」では、土曜夜のゴールデンタイムに「Güldür Show」というコメディ番組が放送されています。6日の放送後に公開された翌週のイントロダクションでは、ネバティ財相を風刺した「健全な」シチュエーションコメディが流されていましたが、結局、そのシーンはカットされていたようです。
今回のこの出来事に関し、何が起こり、どのような経緯があったのかを遠い日本から窺い知ることはできません。ただ、事実として、あのコメディ作品が放映されていたからといって経済情勢がさらに悪化し、インフレ率の高進が勢いづくなどということはなかったでしょう。財相として果たさなければいけない職務とは、エルドアン大統領と真剣に話し合い、インフレとの戦いを第一義とすること、国民の、特に低所得層の生活を保障することであって、健全な批判精神を検閲するようなことではないはずです。
風刺や政権批判に対して封じ込めを行うことで、自らのプライドを保った気になるような為政者が、簡単に自らのテーゼを捨て、現実的な政策に立ち戻ることなど出来ようはずがないでしょう。残念ながら、トルコ経済の先行きからリスクが取り除かれるのは、しばらくはあり得ないのではないでしょうか。
26日の金融政策決定会合は据え置き予想
エルドアン大統領の低金利回帰に変更は無いものの、世界的なインフレ率高進が深刻な現在の状況にあっては、軽々に利下げもできない状況が続きます。今週の政策決定会合は、前回に引き続いて据え置きで市場も織り込んでいるでしょう。
TRY/JPY短期的見通し
日足では依然下落傾向にあり、底打ちはまだ先にあるとみられます。
USD/TRYは先週4%以上上昇し、17日に15.00の大台を突破しています。リスクベースでみるとまだまだ上昇余地はあり、今年前半には19.00に乗せる可能性も十分考えられます。TRY/JPYも短期的には8.00割れ、7.90円レベルを下値抵抗線と予想します。
チャート:TradingView
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外貨ex byGMO 市場リスクアナリスト。銀行のPB系部署で経験を積んだ後、自ら思い描いたプライベートバンキングサービス、アセットマネジメントサービスを提供するため独立。すぐに軌道に乗るも世界金融危機ですべてを失い、リスクマネジメントの大切さを思い知らされる。その後は金融リスクと数理的な技術を学ぶため、複数の金融機関を渡り歩き今に至る。