「米ドル/円」夏場に向け、じり高予想
2022年前半の為替市場の動きを総括すると、主要通貨に対し米ドルが全面高、背景は米国の金融引き締めの加速から。ただ、年末まで相当の利上げを凝り込み、「米ドル/円」では上昇一服要因。エネルギー価格の高騰から、日本の貿易赤字が急拡大、海外企業の買収等もあり、為替市場の需給は大きく円売りに傾く。投機筋の円売り残高は一旦縮小するものの、ここからの円売り余力は充分。強弱材料はきっ抗しているものの、「米ドル/円」はじり高と予想。
●主要通貨の昨年末からの騰落は、全ての通貨が下落となり米ドルが全面高、背景は米国の急速な金融引き締め
昨年末からの主要通貨の騰落を計測すると、全ての通貨が下落に転じており、米ドルが全面高の様相となっている。「円」は下落順位では最上位(-18.70%)に位置しており、それ以外の全て通貨に対しパフォーマンスで劣り、結局「米ドル/円」と「クロス円」が上昇している。特に前者は、すでに年間レンジが23円を超えてきており、近年にない円安の流れが続いている。
昨年末、コロナ後の景気回復から、グローバルで徐々に金融緩和が不要となり、緩やかな金融引き締めを織り込み始めた。米国では2022年の緩やかな金融引き締めを想定して、年内約3回の利上げを織り込んでいた。ただ、特に今年に入り発表された米国の物価関連の指標は、インフレの高進を裏付けるものばかりで、米国の中央銀行は急速な金融引き締めに転換した。
世界がコロナ後の金融緩和の出口に向かうなか、地域間にばらつきがあるものの、特に金利が大きくよみがえり始めている米国が選好されている。こうした一連の流れもあり、金利先物の市場では、米国の政策金利が2022年末には約3.5%に到達することを織り込んでいる。これが揺るぎない米ドル全面高の背景だ。
ここまでの「米ドル/円」の上昇だが、続くだろうか?
図表:筆者作成
チャート:フェデラル・ファンド金利先物から筆者作成
●為替を動かす3要素は「金利」、「需給」、「投機」、現在の「米ドル/円」上昇は、この3要素全てに追い風が吹く
為替を動かす3要素は具体的に「金利」、「需給」、「投機」の3つだけだ。「金利」に関しては、前段で申し上げた通り、利上げの織り込みの急加速が「米ドル/円」上昇の支援材料だった。では、「米ドル/円」を取り巻く「需給」はどうなのだろうか。日本は資源がない非資源国であり、全て輸入に頼り国際市況の影響を大きく受ける。
日本が海外から資源を輸入する場合、それは外貨建てであり、資源価格の上昇は、同一数量を輸入した場合、円建てでは超過支払いを意味し貿易収支の悪化要因となる。日本の財務省が6月16日(木)に発表した5月の貿易統計速報では、輸出額から輸入額を引いた貿易収支は2兆3846億円の赤字となった。
赤字額は過去2番目の大きさで、資源価格の高騰や円安の影響から10か月連続の赤字を記録した。為替市場で貿易赤字を決済する場合、実弾での円売り外貨買いを伴う。さらに我々の為替取引と大きく異なり、反対売買が持ち込まれることはなく、円は常に「売り切り」となる。
日本の合計特殊出生率は過去最低水準で推移しており、少子高齢化が叫ばれている。生産性も劣り、一部を除くと目立った産業が育っておらず、企業投資という点で乏しい。企業が業容を拡大、または新規投資を検討する場合、どうしても海外の企業買収を優先することになり、これを対外直接投資と呼ぶ。
国際的なM&A(企業の合併買収)となるが、通常、外貨建てであることから、多額の円売り・外貨買いを伴う。こちらも資金フロー的には貿易赤字の決済と同じで、円売り外貨買いは一回発生すると、反対の決済が持ち込まれることは当面ない。
コロナ後に世界に需要が戻り、経済が動き出すことは望ましいことだが、ここにきて資源価格の上昇等、その副産物が「円」売りの材料となって浮上している。こうした「需給」構造の転換は、「米ドル/円」では揺るぎない買い要因となっている。
チャート:日本の財務省より筆者作成
チャート:日本の財務省より筆者作成
●CFTCのシカゴ通貨先物市場の建玉残高は緩やかに縮小、そしてまとめ
筆者は20年以上にわたり、外資系金融機関のディーリングルームに勤務してきた。そうしたなかで、多額の投機的取引を持ち込むヘッジファンドに加え、多くの顧客の動向を目の前でみてきた。この投機の拡大、減衰こそが為替市場の短期的な大きな変動要因であることは間違いない。
投機は貿易決済などの実需の裏付けのない取引と集約できるが、買われたものは将来のどこかの時点で必ず転売され、売られたものも買い戻される。実は投機は超長期でみれば、為替市場にとって中立要因なのだ。このヘッジファンドの金融機関との取引だが、一回で10億通貨を超えることも多く、顧客の守秘義務から、ポジションの傾きを含め、その全容が外に漏れることはない。
為替市場、または商品市場などの投機の大きさを計測するという点で、シカゴ通貨先物市場の取引残高が参考にされることは多い。CFTC(全米先物取引委員会)は、米国内の各取引所に対し、その取引所で取引される先物の建玉の定期的な公表を義務付けている。全ての取引所は、毎週火曜日の取引終了後の建玉数をCFTCに報告している。
シカゴ通貨先物市場の建玉残高はこうした経路をたどり、(CFTCより)米国東部時間の金曜午後3時半に公開されている。この残高だが、シカゴの投機筋のなかで、長く生き残った猛者たちの建玉であり、ある程度市場の投機の大きさを示唆する。CFTCのシカゴ通貨先物市場の建玉残高から、円の建玉数の推移を振り返ると、5月8日(火)にはその円売り残高は110,454枚まで拡大していた。
その後は、「米ドル/円」の上昇に反し、売り持ちは減り始め、6月14日(火)には69,775枚まで縮小しており、ここからの「円売り」余力は十分といったところだ。
以上をまとめると、「金利」面から、2022年末まで米国の利上げをかなり織り込み、ここからの織り込み再加速はやや慎重にみておきたい。「需給」動向は依然円売り優勢の展開、「投機」も「円売り」余力はある。利上げを相当織り込んだ今、夏場に向けた「米ドル/円」はじり高とみておく。
チャート:CFTCのシカゴ通貨先物市場の建玉残高より筆者作成
※CFTCのシカゴ通貨先物市場の建玉残高を反転
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明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。
専門はG7通貨及び金利のトレーディング。
1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、
取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce (FX.all.com)
の立ち上げにも参画。
相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、
欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。