金融政策と財政政策
イギリスを皮切りに、アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・スウェーデン・ユーロ圏と金融政策の正常化が進んできた。最近は、どん尻だと思われていたスイスまで、利上げ期待が高まっている。
ロックダウンの影響でサプライチェーンの逼迫による価格上昇が激しかったところに、ウクライナ侵攻によるエネルギーと食料品不足による価格高騰が起きた。この火に油を注ぐような事態の連続で、世界的なインフレが続いている。
中央銀行としても今まで続けてきた超緩和政策から一気に引き締め側に方向転換せざるを得ず、25bps利上げでは足りず、50bpsがデフォルトとなりそうな勢いである。
今回は、このようなタイトな金融政策の裏に潜むルーズな財政政策への期待?について書いてみようと思う。
タイトな金融政策、ルーズな財政政策
私が運営しているファンダメンタルズ・カレッジでも、金融政策と財政政策の関係について勉強している。
これはどちらかがタイト (引き締め、緊縮) になると、もう片方はルーズ (緩和) 方向になりやすいという「天秤の関係」である。
最近の主要国で起きている政策金利の大幅利上げ(引き締め)を見ていると、もしかしたら財政政策側(つまり、財務省)から何か指示が出ているのかな?と考えるようになってきた。
どういう意味かと言えば、目の前のインフレは放置できないので金融政策を出来るだけタイト (引き締め/利上げ)にする。そうなると20年近く低金利に慣れてきた経済は高金利に耐え切れず、景気減速することは目に見えている。その時にタイミングよく景気刺激策として財政政策を緩めにすることを、今から準備しているような気がしてならない。
特に私が住むイギリスでは、2024年春に次期総選挙が実施される。その場合、2023年の予算案で減税や補助金増額、手当の充実など、有権者を「釣る」政策が必要となる。カーニー前総裁時代は財務省と英中銀の仲はあまり良くなかったが、ベイリー総裁になってからは二人三脚で進んでいる。そういうこともあり、たぶん財務相から「2023年に財政を緩々にしたいので、出来る限り金融面でタイトにして欲しい」というような話が持ち込まれているのではないか?と私は勘ぐっている。
つまり優先順位は、あくまでもインフレ退治の利上げに見えるし、たぶんそうなのであろうが、もしかしたら財政政策を緩くしたいので金融政策を引き締めにするよう政府から言い渡され、あくまでも優先順位は、「財政政策>金融政策」ではないかと感じているのだ。
ECBも然り。以前からECBのタカ派理事たちは、金融政策の正常化を訴えていたが、ラガルド総裁は聞く耳を持たなかった。ところが5月に入ると、最もハト派の理事までもが利上げについて前向きに方向転換した。ちょうどその頃から、ロシアのエネルギー輸入をストップする話が本格化し、エネルギー価格の高騰で国民生活の苦悩が浮き彫りにされ始めた。イギリス同様、ヨーロッパでも「生活困窮危機」という言葉が使われるようになった。
もしかしたら、あのタイミングで欧州各国政府は、今年の冬には有権者に寄り添う形でエネルギー補助金支給の必要性を感じ取ったのかもしれない。
補助金支給は歳出増となるが、それである程度消費が復活しGDPが改善すれば、元は取れる。
しかしここで大きな問題が発生する。
それは、ここから財政を緩めたいがために中央銀行が金融政策の引き締めを急ぐと、長期金利も上昇する。そうなると政府による国債利払い額がますます増加すると言う皮肉な連鎖である。そのため、財政政策の拡大と金融政策の引き締めは、非常に繊細なバランスを取ることが必要となり、失敗すれば目も当てられない惨事にもなりかねない。
今後は金融政策の引き締めだけでなく、各国の財政政策へも配慮すべきであろう。もし財政政策のゆるゆる度合いが予想以上に大きければ、金融政策における引き締め度も予想以上に厳しいものになるかもしれないからだ。
各国の財政政策
イギリス
私が住むイギリスでは、つい先日 スナック財務相が生活困窮危機への救済策を発表した。財源はエネルギー企業への一回限りの増税。なんと25%という大型増税である。
この資金を使って、今年10月にエネルギー価格が40%以上上昇するタイミングで、各世帯に400ポンドの一時金を出す。ただし、これは直接400ポンドの小切手を各世帯に送るのではなく、それぞれのエネルギー供給会社の支払い請求書から、その額を差し引くという形を取るらしい。
当然、低所得層や年金受給者などには、もう少し色をつけた額が上乗せされたり、特別一時金が配られるようだ。
ドイツ
ウクライナ侵攻後わずか3日目に、ショルツ首相は重大発表を行なった。それはドイツが敗戦国として今まで守ってきた立場から180度方向転換し、防衛費の拡大に動いたのだ。今後数年かけ、国防支出だけでも1000億ユーロを割当てると発表。この日は日曜日であったが特別議会が招集され、出席した議員達は全員立ち上がり歓迎の拍手が鳴り止まなかったと伝えられている。
ドイツはメルケル前首相の時代から、「財政ブレーキ」という法律がある。これは2008年の世界的金融危機以降に設定された法律であるが、連邦政府と州政府の財政は、原則として均衡化すること。連邦政府に限っては、構造的財政赤字を対GDP比0.35%以内に抑えるというもの。
2020年からのパンデミック危機で、財政ブレーキ法は一次的に解除されているが、リントナー財務相は2023年にこの法律の復活に向け、意欲満々である。
EU
EUにも財政規律を設定した安定・成長協定(SGP)がある。これは、加盟国は、①公的債務はGDP比60%以下に抑える、②財政赤字はGDP比3%以下に抑えるというもの。
ドイツと同じく、パンデミック危機により一次的に停止されているが、欧州委員会は2023年には再開を目指している。
果たしてECBが利上げをする中で長期金利が上昇し、政府の財政運営が厳しくなるタイミングで安定・成長協定が再開できるのか?まだまだ不透明感が強いように思う。
ここからのマーケット
最近、ユーロ/ポンドに注目している。今までずっとユーロ売り/ポンド買いで攻めてきたが、今回はユーロ買い/ポンド売りの方向だ。
早ければ6月9日のECB理事会以降、或いはもう少し遅いかもしれないが、ユーロがジリジリと上昇。或いはポンドがジリジリと下落する局面が出てくるように思う。
チャートの赤い3本線の一番上のレジスタンスが、現在 0.8580台に来ている。まず、ここをろうそく足の実体で上に抜ければ、次のターゲットは水色とピンクのハイライトが重なる下限: 0.8720台を考えている。0.8720ということは、ユーロ/ドルが1.08前後、ポンド/ドルが1.24前後で達成可能。
ある通貨ペアのターゲットを自分で設定したら、それで満足せず、それぞれの通貨がどういうレベルに来れば自分のターゲットを達成するかを考える。このような癖をつけることを、是非お勧めしたい。
チャート:MT4チャートによる筆者作成
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ロンドン在住の元為替ディーラー。東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。